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群馬県
萩原朔太郎も通った文化サロン、波宜亭の復元をめざし、文化を核にしたまちづくり
 
特定非営利活動法人 波宜亭倶楽部
 
近代詩のふるさと
 萩原朔太郎、高橋元吉、萩原恭次郎をはじめとする多くの詩人を輩出し、北原白秋、室生犀星、草野心平などが往来した群馬県前橋市は、「近代詩のふるさと」といわれる。その高い文化水準は、世界にも知られた製糸産業の繁栄に支えられていた。
 「ピークを迎えた大正末期には、東京より物価が高かったそうです。いまは中心市街地の空き店舗率、その増加率ともに北関東一といわれています」NPO法人波宜亭倶楽部代表の野本文幸さんは語る。波宜亭は前橋の文化サロンでもあった茶店。口語自由詩を完成させた萩原朔太郎も青春時代に通い、詩に詠んだ。同倶楽部はその復元をめざし、2000年に設立された。
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講演会「朔太郎と前橋」
 その前身は、野本さんが高校の同窓生と立ち上げた「前橋市街地の活性化を考える会」。まちづくりの勉強会を重ねていた同会は、朔太郎に詳しい地元紙の記者を講師に招く。ふるさとへの思いをふくらませてきたメンバーの心に、「波宜亭が復元できれば」という講師の一言が火をつけた。
  このまま勉強会だけを続けるより、行動を起こそう。そう決意したメンバーは、朔太郎の資料館である市立前橋文学館友の会などを誘い、波宜亭の復元をめざして動き始めた。
 「活動の中心は、前橋の人の心のなかに、波宜亭を復元したいという思いを醸成することでした」
  まず波宜亭の名物だった「萩の餅」を80年ぶりに復元。朔太郎が足跡を残した場所を114か所発見し、その場所を訪ねる「まちなかツアー」も実施。萩を植樹して「萩まつり」を開催し、ボランティアガイドを養成するなど、波宜亭と朔太郎に代表される文化を核に据えたまちづくりを続けている。
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まちなかツアーのようす
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「にっぽんいちなつかしいゆうえんち」
るなぱあく
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開園当時からある木馬
遊園地の指定管理者に
 04年には、波宜亭の復元に近づく転機が訪れた。
  かつて波宜亭があった土地一帯は前橋市の所有となり、公園として整備されている。
 54年には「中央児童遊園(るなぱあく)」が開園。何度も閉鎖が検討されながら存続してきたが、前橋市は運営の民営化を決定した。波宜亭倶楽部は厳しい審査をくぐり抜けて指定管理者に選ばれたのだ。
 「このあたりは45年8月5日の前橋空襲を逃れたため、120年前の風景が残る唯一の場所であり、市民の原風景のひとつなんです。波宜亭のように失われてからでは遅い。市民に大切に思ってもらえるようにアピールし、かつての波宜亭のように、文化サロンネットワークの核にしたいんです」
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るなぱあくにて 代表の野本さん
 るなぱあくには開園当時からの木馬やメリーゴーランドなどレトロな遊具が並ぶ。波宜亭倶楽部は「にっぽんいちなつかしいゆうえんち」というキャッチフレーズで、スローな魅力を発信。売店では地元産小麦粉を原料に、生糸の倉庫で使われていた煉瓦のかまどで焼いたピザなどスローフードをメニューに加えた。そんな努力が実を結び、入場者は増え続けている。
 波宜亭をシンボルに前橋のまちを活性化する活動はまず、前橋市民の心を活性化する役割を果たした。
  「楽しいことも大変なことも含めて、やりがいがありますね。自分が一生懸命になれて、それを他人に喜んでもらえ、喜んでもらえたことがうれしい。NPO活動はそのくり返しです」

<中央労働金庫「団塊世代のためのNPO読本」(2007年4月発行)より転載>

特定非営利活動法人 波宜亭倶楽部 (代表:野本文幸)
〒371-0803 群馬県前橋市天川原町1-32-16
TEL:027-223-6333
中央ろうきんは、05〜06年、特定非営利活動法人波宜亭倶楽部 『朔太郎と前橋−ボランティアガイド養成講座』を助成しました。
 
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